ギリシャの医学

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紀元前460 年頃、ギリシアのコス島に生まれたヒポクラテスは、父や祖父から医術を学び、病気を「急性」「慢性」「風土病」「流行病」に分類した。彼は病原体の存在を発見することまでは、できなかったが、疫病には季節性があり、水や空気の汚染が病気の原因になると考えていた。そして、人間は血液、粘液、胆汁、黒胆汁の四体液を持ち、各体液にはそれぞれ典型的な気質・体質があり。それらが調和していると健康を維持できるが、バランスが崩れると病気になるとも考えていた。この4体液説は、アラビア医学(ユナニ医学)の根幹をなしており、19 世紀の病理解剖学の誕生まで支持された。

ヒポクラテスは、病気が治っていくかどうかの境目を分利と呼び、この分利を境目に自然治癒力で回復する方向に向かうか、又は悪化して最後は死を迎えるかが決まると考えていた。病気からの回復後、再発した場合は、もう一度分利を迎えることになる。もともと人間には、自然治癒力が備わっていることをヒポクラテスは、気がついていた。彼は、多く著作を残している。これらは「ヒポクラテス全集」と呼ばれ、次のようにまとめられている。

①医師の心構えについて
②解剖学・生理学について
③疾患の診断について
④精神疾患について
⑤外科的疾患について
⑥産婦人科的疾患について

●ヒポクラテスの施す医術は、人間に備わる「自然治癒力」、つまり四体液のバランスをとることと、治癒する自然の力を引き出すことに重点をおいた。そのためには「休息、安静が最も重要である」と述べている。さらに、患者の環境を整えて清潔な状態を保ち、適切な食事をとらせることにも重視した。2 世紀頃、ヒポクラテスの医学を継承したガレノス医師によって書かれた絵には、「ヒポクラテスのベンチ」と呼ばれる整復のためのベッドが描かれている。ベッドの両側に巻き上げ機があり、患者がロープで巻かれた状態で身体を引張っぱられ、背骨の歪みや骨折して骨が重なり合った所を整復するために使われたようだ。この歪みを矯正したり、骨折を整復する技術が、日本の整体術・骨接ぎ、そしてアメリカのカイロプラクティックの原点になったとは考えられないだろうか。

1947 年9 月創設された世界医師会(WMA)は、第2 回総会で「ジュネーブ宣言」を採択した。「ジュネーブ宣言」とは、第二次世界大戦中でナチス政権下の医師が行った数々の非人道的な医学実験の反省として、1948 年9 月にスイスのジュネーブで開かれた世界医師会総会で採択された医師の倫理に関する宣言です。新たなジュネーブ宣言は、2017年10 月14 日にシカゴの世界医師会(WMA)総会で改訂が採択された。以下その内容。

医師の一人として(2017)
①私は、私の人生を人類への奉仕に捧げることを厳粛に誓う。(1948)
②私の患者の健康と安寧が、私の第一に考慮すべきことである。(1948,2017)
③私は、私の患者の自律と尊厳を尊重する。(2017)
④私は、人命に対して最大限の尊重の念を持ち続ける。(1948,2017)
⑤私は、私の医師としての職責と患者との間に、年齢、疾患もしくは障害、信条、民族的起源、ジェンダー、国籍、所属政治団体、人種、性的志向、社会的地位あるいはその他いかなる要因でも、そのような要因に対する配慮が介在することを容認しない。
(1948,2017)
⑥私は、私への信頼のゆえに知り得た患者の秘密を、たとえ患者の死後においても尊重する。
⑦私は、良心と尊厳をもって、そして最高の医学水準に従って、私の専門職を実践する。
⑧私は、医師の名誉と高貴な伝統を育む。
⑨私は、私の教師、同僚および学生に、彼らが当然受けるべき尊敬と感謝の念を捧げる。
(1948,2017)
⑩私は、患者の利益と医療の進歩のために、私の医学的知識を分かち合う。(2017)
⑪私は、最高水準の医療を提供するために、私自身の健康、安寧および能力に注意を払う。
(2017)
⑫私は、たとえ脅迫の下にあっても、自分の医学的知識を使って、人権や国民の自由を侵害することはしない。(1948,2006,2017)
⑬私は、以上の約束事を、厳粛に、自由意思により、そして名誉にかけて誓う。(1948)

以上が、現代医療倫理の根幹を成す「ジュネーブ宣言(2017 年版)」の宣誓文です。
世界医師会が全世界の医師の遵守すべき宣誓として制定したこの「ジュネーブ宣言」は、紀元前のヒポクラテスの誓いを、現代風にアレンジしたものなのです。彼の医療倫理が、現代の医療現場にも脈々と受け継がれており、古代のギリシア医学が現代の医学の礎となっていることを示唆している。
古代と現代、倫理観や検査技術もまるで違うなか、「患者を救いたい」という医師の想いはどちらにも存在していた。ギリシア時代活躍していた古代の医師も、新型コロナウィルスと戦う最前線の医師も、皆、ヒポクラテスの誓いを胸に刻んでいるはずです。ところが。

●日本弁護士連合会は新型コロナウイルスワクチン接種に関する提言書(2021 年2 月19日付け)を、厚生労働大臣、各政党代表者、全国知事会会長、全国市長会会長、全国町村会会長宛てに提出した。
その大まかな内容は、
①極めて短期間のうちに開発されたワクチン接種を、全国的に多数人に使用するのであれば、その承認審査、とりわけ特例承認について、国は、医学的見地から国内外の有害事象にも十分配慮して有効性及び安全性の検証を慎重に行うこと。
②国は、副反応情報や審議会の議事録等、有効性及び安全性その他の接種の判断に必要な情報を速やかに公表するとともに、接種現場でのインフォームドコンセントの徹底を主導し、接種対象者の自己決定権が尊重された接種が行われる体制を構築すること。
③国は、ワクチン接種はあくまで個人の選択により行われるべきものであることの理解を広げるとともに、本件ワクチン接種に関する偏見差別防止やプライバシー保護を行うための、有効な施策を講じること。
④本件ワクチン接種が我が国の経験したことのない大きな規模になることを踏まえ、国は、その責任の下で、実務を担う各地方公共団体の意向を尊重しつつ的確に連携を保ち、医師不足等への補助体制を整備すること。
⑤国は、本件ワクチン接種の有効性及び安全性について責任を持ち、本件ワクチン接種の不測の副反応等に対処するため万全の措置を講じること。万一副反応等の有害事象が生じた場合には、国の責任において適切かつ十分な対応を行うこと。

もしヒポクラテスが現代に生きていたとしたら、新型コロナウィルス感染者が他の人と接触することを極端に減らし、安静を大切にし、静養や食事療法を重視して、身体の自然免疫力による回復を治療の第一義としたはずだろう。現在新型コロナウィルスのパンデミックと闘っている世界中の医師たちは皆、ヒポクラテスの遠い弟子たちと言うこともできるかも知れない。そして未来、また同じような事態が起きようとも、ヒポクラテスの遠い弟子たちが必ずや希望の道標になることだろう。

● 2015 年12 月埼玉県保険医協会は、「新型インフルエンザ等対策特別措置法とヒポクラテスの誓い(戸田市、福田純)」とのタイトルで次のような声明を発表した。以下その抜粋です。

国はほとんどの人が免疫を持たない高病原性新型Flu「H5N1」対策として、新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」)を2012年5月制定した。パンデミックの発生早期に、これと対峙する検疫官や医療者などに鳥Flu由来のプレパンデミック・ワクチン(以下「PPV」)を接種すべく準備を計画した。だが、このPPVの有効性は担保されておらず、安全性にも見過ごせない問題が指摘されている。
1976年のアメリカで豚Fluが流行る兆しがあった時に、集団予防接種を実施した。その結果、人口10万人に1人程度発症するかという難病のギラン・バレー症候群が2カ月足らずで500例以上も発症。30人以上が死亡する事態となり、このプログラムは急遽中止された。結局、米国人4000万人が予防接種を受けたが、当の豚Fluは流行しなかった、という事例があった。
この教訓にも関らず、平成20年、検疫所、入国管理局、空港警察署、国立感染症研究所、実施医療機関等に勤務する職員のうち同意が得られた5561名にPPVを接種。この内、注射部位が赤く腫脹するなど軽微な副反応は71%、重篤な有害事象が出現し入院を要したのは8名あった。この中には、ギラン・バレー症候群を思わせる四肢の痺れや、くも膜下出血、さらには心室細動を起こしたものが含まれている。(当然、因果関係は特定できていない。)
特措法には1000 万人の医療従事者などにPPV接種を予定している。これにより単純計算で1.4 万人に重篤な有害事象が生じることになる。中には死亡するものも出るであろう。いくらパンデミックが迫っているとはいえ、看過できない規模の有害事象と考える。このPPVは私たちが毎年接種している季節性ワクチンとは似て非なるモノと言えよう。迫りくるパンデミックに臨床試験を行う時間的猶予はないが、第一線で働く検疫官や医療者たちをPPV実験のモルモットにすべきではない。
これに続いて、特措法では一般国民にパンデミック・ワクチン(以下「PV」)を接種する計画になっている。PPVより効果は良いと考えられるが、有害事象については未知数である。
我々医師が医学部に入学した折、〝ヒポクラテスの誓い〟という医師たる者の倫理規範を学ぶ。この中には、紀元前5世紀のもの故、現代にそぐわない内容も含まれてはいるが患者に害があることをせず、患者のプライバシーを尊守し、男女は勿論、貧富の差や人種、宗教などで別け隔てしない精神が掲げられている。そして、その倫理的精神は〝ジュネーブ宣言〟として引き継がれ、さらに、人を対象とする医学研究の倫理規範となる〝ヘルシンキ宣言〟に脈々と続いている。有害事象の決して少なくないPPVやそれらが未確定なPVについて、自分たちが接種されたくないものを、患者に強要する特措法は、〝ヒポクラテスの誓い〟に背くものと言えよう。医師の倫理規範に背く医療行為を強要する特措法(第31条、第46条)は同意しかねる。少なくともこの箇所の変更をしていただきたい。
また、もし、これらのワクチンを接種するのが避けられないのであれば、製造時間が短く早期供給が可能な細胞培養法によるワクチンや感染防御効果の強いIgA抗体を誘導する経鼻接種する不活化ワクチンやHA(赤血球凝集素)の変異に関与しないユニバーサルFluワクチンの開発が待たれるところである。